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最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)551号 判決 1998年3月24日

上告人

辻村幸久

右訴訟代理人弁護士

伊藤誠基

石坂俊雄

村田正人

福井正明

被上告人

辻村芳久

右訴訟代理人弁護士

岡村久道

堀寬

竹橋正明

中道秀樹

北岡弘章

主文

原判決中、上告人の請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

上告人のその余の上告を棄却する。

前項の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊藤誠基、同石坂俊雄、同村田正人、同福井正明の上告理由第一点ないし第三点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

同第四点について

一  原審の確定したところによれば、(一) 亡辻村芳太郎は、第一審判決添付物件目録記載の各不動産を所有していた、(二) 芳太郎は、平成二年一〇月二七日に死亡し、同人の妻やす並びに上告人及び被上告人を含む四人の子がこれを相続したが、芳太郎の遺産についての分割協議は未了である、(三)同物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)は、芳太郎の死後畑として利用されていたが、被上告人が、本件土地上に家屋を建築する目的で、平成五年四月ころから同年七月ころまでの間、本件土地に土砂を搬入して地ならしをする宅地造成工事を行った結果、その地平面が北側公道の路面より二五センチメートル低い状態にあったものが右路面より高い状態となり、非農地化した、というのである。

二  上告人の本件請求は、本件土地の共有持分権に基づく妨害排除として、本件土地につき、北側に隣接する公道の路面より二五センチメートル低い地平面となるよう本件土地上の土砂を撤去する方法により、原状回復する工事をすることを求めるものであるところ、原審は、被上告人は、本件土地につき相続による共有持分(八分の一)を有しており、共有者として本件土地を使用する権原があるから、上告人が被上告人に対して共有持分権に基づく妨害排除請求権を行使し得るいわれはないとして、上告人の本件請求を棄却すべきものと判断した。

三  しかしながら、原審の右判断は、直ちにはこれを是認することができない。その理由は、次のとおりである。

共有者の一部が他の共有者の同意を得ることなく共有物を物理的に損傷しあるいはこれを改変するなど共有物に変更を加える行為をしている場合には、他の共有者は、各自の共有持分権に基づいて、右行為の全部の禁止を求めることができるだけでなく、共有物を原状に復することが不能であるなどの特段の事情がある場合を除き、右行為により生じた結果を除去して共有物を原状に復させることを求めることもできると解するのが相当である。けだし、共有者は、自己の共有持分権に基づいて、共有物全部につきその持分に応じた使用収益をすることができるのであって(民法二四九条)、自己の共有持分権に対する侵害がある場合には、それが他の共有者によると第三者によるとを問わず、単独で共有物全部についての妨害排除請求をすることができ、既存の侵害状態を排除するために必要かつ相当な作為又は不作為を相手方に求めることができると解されるところ、共有物に変更を加える行為は、共有物の性状を物理的に変更することにより、他の共有者の共有持分権を侵害するものにほかならず、他の共有者の同意を得ない限りこれをすることが許されない(民法二五一条)からである。もっとも、共有物に変更を加える行為の具体的態様及びその程度と妨害排除によって相手方の受ける社会的経済的損失の重大性との対比等に照らし、あるいは、共有関係の発生原因、共有物の従前の利用状況と変更後の状況、共有物の変更に同意している共有者の数及び持分の割合、共有物の将来における分割、帰属、利用の可能性その他諸般の事情に照らして、他の共有者が共有持分権に基づく妨害排除請求をすることが権利の濫用に当たるなど、その請求が許されない場合もあることはいうまでもない。

これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件土地は、遺産分割前の遺産共有の状態にあり、畑として利用されていたが、被上告人は、本件土地に土砂を搬入して地ならしをする宅地造成工事を行って、これを非農地化したというのであるから、被上告人の右行為は、共有物たる本件土地に変更を加えるものであって、他の共有者の同意を得ない限り、これをすることができないというべきところ、本件において、被上告人が右工事を行うにつき他の共有者の同意を得たことの主張立証はない。そうすると、上告人は、本件土地の共有持分権に基づき、被上告人に対し、右工事の差止めを求めることができるほか、右工事の終了後であっても、本件土地に搬入された土砂の範囲の特定及びその撤去が可能であるときには、上告人の本件請求が権利濫用に当たるなどの特段の事情がない限り、原則として、本件土地に搬入された土砂の撤去を求めることができるというべきである。

四  そうすると、被上告人が本件土地につき共有持分権に基づく使用権原を有しているとの一事をもって、上告人からの共有持分権に基づく本件請求を棄却すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はその趣旨をいうものとして理由があり、原判決中、上告人の本件請求を棄却した部分は破棄を免れず、本件においては、前記説示に照らして本件請求の当否につき更に審理を尽くさせる必要があるため、右破棄部分につきこれを原審に差し戻すのが相当である。

以上のとおりであるから、原判決中、上告人の本件請求を棄却すべきものとした部分を破棄して、右部分につき本件を原審に差し戻すこととするが、上告人のその余の上告は理由がないから、これを棄却することとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官元原利文 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官金谷利廣)

上告代理人伊藤誠基、同石坂俊雄、同村田正人、同福井正明の上告理由

(第一点ないし第三点省略)

上告理由第四点

一 一審判決は上告人の甲事件の請求(共有持分権に基づく妨害排除請求事件)を棄却し、原判決もこれを是認しているが、これは共有持分権に基づく妨害排除請求権に関する法令解釈を誤ったものであり、この誤りは原判決の結論に影響を及ぼすこと明白であるから、この点において原判決は破棄を免れない。

二 一審判決が甲事件の請求を棄却した理由は、本件遺言書が無効だとすれば、被上告人にも本件土地について共有持分権があることになるから、被上告人が本件土地を非農地化したことの一事をもって、上告人が被上告人に対し妨害排除請求権を行使しうるいわれはない、というものである。

確かに、遺言書が無効となれば、被上告人にも共有者として本件土地(農地)に対する使用収益権が発生するから、上告人が直ちにその共有持分権に基づいて妨害排除請求ができるということにはならないとも考えられる。

しかしながら、上告人の妨害排除請求が認められないのは、被上告人が本件農地を現に占有し、農地として使用収益しているにもかかわらず、上告人が共有持分権に基づいて、農地としての使用差止めや、返還請求をする場合に限ってのものでしかあり得ないはずである。ところが、被上告人が右のような共有地の従前の使用収益の限度を超えて、本件農地を農業委員会の許可も得ずに違法に非農地化したり、更に進んで非農地化(宅地化)した土地上に建物を建築しようとした場合には、他の共有者は自己の共有持分権に基づいてそれに対する禁止措置(妨害排除)を求めうるものと解すべきである。そうでなければ、本件のような遺産分割前の共有状態にある土地を現実の占有者が自由に使用収益できることになり、他の共有者の使用収益権を結果的には完全に排除してしまうことになるからである。従って、占有共有者の利益のみを過度に保護することになってしまう原判決の法解釈は明らかに正義に反する。

甲事件の請求の趣旨は、本件土地の上告人への返還や被上告人の農地としての使用収益を排除するものではなく、被上告人が違法に非農地化した本件土地について農地に原状回復するよう求めただけに過ぎないことを留意する必要がある。

しかるに、原判決は、被上告人が果して本件土地を占有していたのかどうか、占有していたとしてもどのような使用収益をしていたのかについて審理を尽くさず、それこそ被上告人にも本件土地に対する使用収益権があるとの一事をもって上告人の妨害排除請求を排斥しているのは法令解釈を誤ったものと言わざるを得ない。

三 ところで、共有者から他の共有者に対する妨害排除請求の有無については、昭和四一年五月一九日付最高裁判決(民集二〇巻五号九四七頁)がある。判決要旨は、「共有物の持分の価格が過半数を超える者は、共有物を単独で占有する他の共有者に対して、当然には、その占有する共有物の明渡しを請求することができない」ということになっている。

すなわち、右判決によると、「思うに共同相続に基づく共有者の一人であって、その持分の価格が共有物の価格の過半数に満たない者(以下単に少数持分権者という)は、他の共有者の協議を経ないで当然に共有物(本件建物)を単独で占有する権原を有するものではない……が、他方、他のすべての相続人らがその共有持分を合計すると、その価格が共有物の価格の過半数をこえるからといって(以下このような共有持分権者を多数持分権者という)、共有物を現に占有する前記少数持分権者に対し、当然にその明渡しを請求することができるというものではない。けだし、このような場合、右の少数持分権者は自己の持分によって、共有物を使用収益する権原を有し、これに基づいて共有物を占有するものと認められるからである。従って、この場合、多数持分権者が少数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには、その明渡を求める理由を主張し、立証しなければならない……」とされている。

一見不当な結論とも思われるが、共同相続人のうち一人が遺産である家屋に従前から居住しているのに、同家屋に居住していない他の共同相続人(実家を出て被相続人から独立した生活をしていた場合等)が持分の価格が過半数を超えることを奇貨として単独占有者の追い出しを図るべく、右家屋の明け渡しを求めることは不正義であり少なくとも遺産分割がすすむまで、単独占有者の居住権を保護する必要があることを考えると、あながち理解できないものではない(最高裁判例解説民事篇昭和四一年度二四五頁の注六参照)。

しかしながら、この最高裁判決は前記判決事項にもあるように、共有者の一人が共有物を単独で占有していること及び他の非占有共有者が単独占有者に対して共有物の明渡(あるいは引渡)を求めた事案であることが前提となっている。

従って、本件のように、単独占有者とは言えない被上告人が本件農地を他の共同相続人と協議することなく、勝手に非農地化し、これに対して同じ共同相続人である上告人が妨害排除として、引渡ではなく、農地に原状回復することを求めることについてまで及ぼされるものではないのである。

四 農地の非農地化は共有物の変更とみるべき重大な事実行為であることは言うまでもなく、しかもその上に被上告人にはこれまた協議を経ないで建物を建築しようとしていた訳であるから、いかに共有持分権があったとしても、このような重大な土地の形状の変更まで認めることは、過度に上告人の本件土地に対する使用収益権を侵害する結果を招くので、許されてはならないことである。

五 よって、被上告人が本件土地を占有していたのかどうかについて審理を尽くさなかった原判決は審理不尽の違法があると共に、上告人の妨害排除請求としての原状回復請求まで前記最高裁判決を適用しているところに重大な法令違反があるので、即刻原判決を破棄されるよう求める次第である。

以上四点について上告審の判断を求める。

(添付資料省略)

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